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【キャリア探し】自己啓発と自分探しの先に本当の仕事はあるのか?

⑨仕事とキャリアを考える
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自己啓発と自分探しの先に本当の仕事はあるのか?

皆さんこんにちは。
本日のテーマである「自分探し」という言葉を聞かれたことはありますか?

分かりやすく言うと、

「今の自分は、本当の自分じゃない」
「本当の自分はここじゃないどこかに、きっとあるはず」

という考え方です。

以前、私が面談した方で、会社を辞めた後、海外に語学留学に行かれた女性がいらっしゃいました。

その方が言われた言葉が、この「自分探し」でした。

今日はその話をします。

彼女が新卒で入社した会社はとても忙しく

新人に仕事を任せるタイプのベンチャー企業でした。

クライアントのイベント企画を担当する部署に配属された為、
土日の休みは仕事でつぶれました。

同期入社の多くが配属された、新規開拓営業ではなく、
イベントの企画運営という「格好良い仕事」です。

自分が選ばれた優越感、遣り甲斐と達成感と、
周囲の評価もあり、そこまでは順調でした。

ただ、本当によくあるパターンですが、だんだん、彼女は、はまっていきます

入社してから3年も経ってくると、毎日、毎週、毎月、時間に追われ、
新しい企画を考えるのが、段々、苦痛になってきました

 

仕事のプレッシャー、知識不足、経験不足、求められるレベル、そしてスピード。
彼女は仕事から追い立てられます

当然、飲み会もありました。
同じ部署の仲間と、夜の10時から一次会スタートです。

それはまだ良いほうで、会議が長引けば、もっと遅い時間から始まります。
当然、帰りはタクシーです。

生活は不規則になり、やがて彼女は太り始めます。

残業時間が多かった為、同年代の女性より給与は高く、生活には困りませんでした

たまの休みには、今よりもちょっと大きめのサイズの、新しい服を買うことが多くなりました。

彼女の服選びのポイントは次第に変わっていきました。

「かわいさ重視」というより「いかに痩せて見えるか」という「カムフラージュ重視」です。

しかし、段々、他人の目が気になってきました。

「みんな黙っているけど、アタシをデブだと思っているはず」と感じ始めたのです。

 

痩せたいと思いながらも、少しずつ太り続けた彼女は、
ある日、新しい技を生み出します

いつものように週末の飲み会で遅くなり、部屋に戻ってトイレで吐いた時、
偶然、それを発見しました

食欲を満たしながら、太らないやり方、まさに「裏ワザ」です。

それは「自分が食べたものを、ノドに手を突っ込んで、強制的に吐く」ことでした。

まず、自分が好きなものを食べるだけ食べる、それで一旦、欲望を満たす

そして、今さっき食べたものを、自分の口に指を突っ込み、
ぜんぶ吐き出すという行為です。

「どれだけ食べても、吐いてしまえばOK。プラスマイナスゼロ

それで幾分、気が楽になりました。

 

しかし、その生活が半年ほど続いたある日、はじけました。

たまたま遊びに来ていた妹と会話していた時、
突然、涙が出て、止まらなくなったのです

最初は無理やり笑おうとしましたが、涙が勝手に溢れてきて視界をふさぎ、
戸惑った妹の顔が、いくつにも重なって見えます

なぜ、自分が泣いているのか、なぜ涙が溢れるのかも分からないまま、
その日、彼女は嗚咽を上げて、激しく泣きじゃくりました

 

それからきっちり1ヵ月後、彼女は退職しました。

職場の上司は、彼女の退職の申し出をあっさり受け入れ、
退職理由については、深くは聴かれませんでした

繁忙期ということもあり、クライアントの納期が近かった為、送別会は見送られました。

有給休暇は未消化だったので、まるまる残っていました

最後の月にまとめて有給を消化することになり、出社日が月の半分以下でした。

辞めることが決まって以降、彼女の仕事は引継ぎだけとなりました。

会社から新しい仕事を振られることもなく。
彼女が担当していた業務は、他の人が引き継ぎ、問題なく廻っているように見えます。

出社しても、周りは忙しいのに、自分だけやる事がありません

他の人には自分の姿が見えていないかと思うくらい、
まるで透明人間になったような感じでした。

自分が一人やめようが、会社にとっては、何も影響がないのだと気づかされました

そのまま、静かに、彼女は職場を去りました

私は彼女の話に、ひたすら耳を傾けていました。

ただ、自分で食べたものを、すぐに吐く、という行為が信じられなかったので
「本当ですか?」と聴きなおしました。

彼女は腕を伸ばし、右手の甲が見えるように、私に差し出しました。

そこにあったのは、アザでした

それは「吐きダコ」と呼ぶそうです、過食症の人に多いそうです。

ペンの持ち方によって、タコが出来たら「ペンダコ」って呼びますよね?

あの名前と同じ理屈で「食べたものを吐いて出来るタコ」
だから「吐きダコ」です。

そのタコは、微かに残っているくらいの小さな傷でしたが、確かにありました。

彼女が言うには、毎回、吐くときに口の中に自分の右手を突っ込むため、
前歯がちょうど手の甲に当たり、自分の歯で甲が傷ついて、アザになるそうです。

もちろん、たった数回くらいではアザにはならず、
毎日、毎日、何百回と「食べて吐いて」を繰り返し、
前歯が手の甲にあたる度に、少しずつ傷がついていくと話してくれました。

その「吐きダコ」は、会社を辞めた時点で終わったそうです。

仕事という精神的なストレスが無くなったと同時に、過食症は終わりました

ただ、吐いた時の胃酸によって、自分の歯が溶けてしまったので、
歯医者に行く必要がありました。

それからが、自分探しです。

彼女は、会社を辞めた後、しばらくして海外へ目を向けます。

英語を学ぶために、地中海のマルタ島にある、語学学校へ入学することを決めました。

そこではアジア、中近東、英語圏以外のヨーロッパ、など、
世界各地の若者が英語を学ぶ学校でした。

英語の本場であるロンドンを選ばなかったのは、
単に勉強だけで終わるのが、イヤだったからです。

その島の学校では、ギリシャのキプロス島の若者との
出会いと別れがあり、約1年後、帰国しました。

英語は、ペラペラというレベルではありませんが、
何とか話せるくらいのレベルになったそうです。

何より良かったのは、文法的に間違っていても、
自信を持って話すという「度胸」がついたこと。

その後、彼女は、ギリシャ人の彼との傷心を癒すために、スピリチュアルに向かいます

自己啓発に関する本を読み漁り、人気講師のセミナーを受講します。

自分と同じような悩みを抱える人たちが「今とは違う自分」になるための、
高額なセミナーです。

貯金がまだ残っていたので、一括で払いました

自己啓発セミナーでは、グループトークがあります。

自分が生まれたときまで遡り、過去の記憶をたどって、思い出したくない部分にフォーカスします。

つまり、心の傷です

生い立ち、親との関係、学校生活、職場、仲間、恋人、
全ての人間関係を振り返る時間です。

弱い自分、自己肯定できない自分、ダメな自分を直視し、
それを受け止めた上で、現在の自分を認める。

 

やがてセミナーを卒業する時には、
【自分は今のままで良い、全ては自分が成長するために必要なことだった】
で終わる内容です。

彼女は「そのセミナーを終えたら、全く違う人生が開けました」と言いました。

 

ちなみに、転職コンサルタントである私は、そういうセミナーを否定はしません

モチベーションの上げ方は、人それぞれ違うからです。

ある人にとっては読書、ある人にとってはスポーツ、
別に登山でも料理でも、何でも構いません。

自分の気持ちを変えて、新たな行動を促すものは、
基本的に良いことだと思っているからです。

 

ただ、彼女に関しては、やや博打っぽい考え方だと思いました。

何か一つのきっかけで「全ての過去をリセットできる」という考え方が、
荒っぽく感じたのです。

 

高額の自己啓発セミナーに3ヶ月間だけ通ったからと言って、
それまでの人生を肯定的に考えられるほど、人生は単純では無いと、個人的に思います。

その自己啓発セミナーを受講したからといって、
それがそっくりそのまま、「自分に当てはまる」というのも、
ちょっと・・・という気がします。

 

何よりも、セミナーに行っている時間はハイテンションでいられるけれど、
「自宅に帰ったら一人ぼっちでさびしくなった」という
彼女の心理状態が、微妙な感じです。

 

彼女のクラスには、バックパッカーをやりながら、アジアを放浪した男性がいたそうです。

彼の話はとても魅力的で、自分もバックパッカーになりたいと思わせるほどでした。

その男性は、アルバイトをしながらの貧乏旅行で、アジアの仏教寺院を廻ったり、
インドではガンジス川で死体を見たり、現地の人との素朴なふれあいがあり、
その中で、自分が生きていることの喜びを味わうという話は、彼女には魅力的に映りました。

 

私はその時、時計を見ました。

駅のカフェに入り、彼女の話を聞き始めてから、もう2時間以上も経っていました。

その日、私と彼女は初めて会いました。

それからはひたすら、彼女が一方的に話し、
このバックパッカー男性にたどり着くまで2時間です。

彼女の話を聞いていた私が、質問しました。
「で、セミナーの目的だった、自分は探せたのですか?

「いいえ、結局、本当のアタシって何なのか、いまだに分かりません」と答えられました。

私はさらに、彼女に言いました。

 

「アジアを放浪して、自分が何者か分かるのなら、誰も苦労はしません。
生きるか死ぬかを体験してみないと分からないのなら、
中東やアフリカの紛争地帯に行けば良いはずです。

そこでは、日常的に死があります。

人の命はお金で売り買いされて、驚くほど安いはずです。

世界中のどこへ行っても、南極に行っても、エベレストに行っても、
自分は自分でしかないと思いますが・・・」

 

私の話には答えず、彼女は、今、占いにはまっていると言い始めました。

「アタシの前世は、中世ヨーロッパの吟遊詩人で、
王族をパトロンにして各地を廻っていたそうなんです」

私は「吟遊詩人だったことが分かって、何かが変わりましたか?」と尋ねました。

彼女は「はい、つまり、アタシは汗水たらして働くことが、
どうしても苦手なのだと思います」

 

私は占い師ではなく、心理カウンセラーでもありません。

人のオーラも見えませんし、自分の前世が何かも知らない、
「単なる転職コンサルタント」です。

再び、私は彼女に言いました。

あなたにとっての「自分探し」とは、
私には「たまねぎの皮むき」のように見えます。

ひたすら、むいてもむいても、結局、終わりが無い、
たどり着けない世界、という意味です。

それがムダだとは思いませんが、
蜃気楼のように、近づけば遠ざかるような世界だと思います。

 

そもそも私自身は「自分という実態など、どこにも存在していない」と思っています。
それは「他人との関係性において、初めて見えてくるもの」だからです。

 

「生きていく中で、人と交わる中で、少しずつおぼろげに見えてくるもの
それが自分だと思います。

 

どこか遠くの場所に行けば見つかるとかじゃなく、
薬物による神秘体験でもなく、生きるか死ぬかの極限状態でもなく、
何気ない日常の中にこそ、日々の生活の中にこそ、本当の自分があるのだと思います。

 

つまり、他人の中で生きることで、自分が何者なのかが、
少しずつ分かってくるのだと思います。

・・・彼女は、私の話を黙って聞いたあと、椅子から立ち上がり、

「今日はお会いできて良かったです、有難うございました」と言って、
人込みの中に消えていきました。

ただの一度も、私の方を振り返ることなく。

 

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